山田洋行事件(やまだようこうじけん)とは2007年下旬に発覚した軍需専門商社「山田洋行」に関する事件。
政治・官僚との癒着 [編集]
民主党の衆議院議員だった東祥三、防衛省の退職高官、幹部自衛官の退職者を顧問として受け入れている(2007年7月に政界を引退した田村秀昭が自身の顧問採用を働きかけていたことが同年11月に判明した)。山田洋行は自衛隊員の親族も常時社員として複数採用しており、今も続く同社と政治家・官僚との密接な関係を窺うことができる。
社長・米津佳彦は上述・日米平和・文化交流協会の理事であったが、山田洋行事件の渦中となる2007年11月27日に同協会の理事を退任した。また佐藤 謙(元防衛事務次官)は11月27日付け、前原誠司(民主党議員)は12月5日付けにて同協会の理事を退任している。同協会のホームページに彼らがなぜこのタイミングに退任に至ったかの説明はない。これらの動向は奇しくもマスコミや共産党の大門実紀史議員により同協会の実態が追及され始めた時期と重なる。
山田洋行は苅田港にて発見された旧陸軍の毒ガス処理事業の下請け受注などにからむ業務協力費として、約一億円を同協会専務理事の秋山直紀が関係する米国の団体(アドバック・インターナショナル(Add-Back International))に支出していた。東京地検特捜部により、このことを示す資料が山田洋行の担当部署から押収されている[1]。
日米平和・文化交流協会の現・元会員には福田康夫、久間章生、石破茂、武部勤、玉澤徳一郎、瓦力、額賀福志郎、中谷元、赤城徳彦、前述の前原誠司、ウィリアム・コーエンなど国防族の錚々たるメンバーが名を連ねる。メンバーリストは山田洋行の一連の騒動の最中となる2007年10月31日に更新されており、この時点で福田康夫、石破茂、額賀福志郎らがメンバーから外れているが、彼らは10月31日以前にそれぞれ徐々に退任を行っていた模様。 福田康夫は2005年から2007年3月まで理事を務めており、「05年にある議員から電話で理事に就任してくれと要請され、承諾した」「協会がどういうものか、それほど知らない。理事になったが、何もしていない。理事会に出たこともない」とコメントしている(2007年11月4日参議院外交防衛委員会において日本共産党の井上哲士議員の質問に対して)。この日米平和・文化交流協会の理事名簿については脚注を参照[2] [3]。
小沢一郎の資金管理団体「陸山会」に計600万円の寄付を行っていたが、小沢事務所は山田洋行とは関係が無いとしてこの献金について誤解を招かないよう全額返還を行っている。なお、民間企業が政治団体に献金を行うことは法に抵触しない。
商品券を使って国内の子会社の交際費を親会社にプールするなどし、組織的に裏金をつくり接待費に充てていたことが報道された [4]。
防衛事務次官(守屋武昌)への接待 [編集]
2007年10月19日付のマスコミ各紙で、守屋武昌が防衛事務次官在職中、専務・宮崎元伸(当時)と年間数十回、計百数十回に渡ってグループ企業のゴルフ場でゴルフ接待を行い、関連企業の車両を利用して従業員が送迎を行っていたことが報じられた。接待を行った企業への利権に結びつく直接的な行為と見受けられるため、自衛隊員倫理規程では利害関係者と遊技またはゴルフをすること自体が禁じられている。
これを受けて、石破茂が防衛省として事実関係を調査すると発表。民主党は守屋の証人喚問を要求。29日に衆議院での証人喚問を行った。守屋はネクタイ・ゴルフバッグ等の提供やゴルフ接待を受けたことを証言した。この証人喚問では守屋は便宜供与を否定している。
また、守屋の次女が渡米、山田洋行関連大学 Rensselaer Polytechnic Institute 入学準備を行うさい、現地法人の関係者が住居探しや生活用品の購入などを手伝ったとされる疑惑に関して、衆院での証人喚問で守屋は費用の負担は自ら行っていると答えている。自衛隊員倫理規程には職員本人について「利害関係者から供応接待を受けること」を禁じているものの、現時点で親族に関する規程は無い。
防衛庁長官(久間章生、額賀福志郎)との癒着 [編集]
守屋とは別に、久間は山田洋行の実質的オーナーである山田正志(山田真嗣代表取締役の実父)と繰り返しゴルフをともにしたり、2005年秋頃にホテルオークラで行われた同社オーナー一族の結婚式に出席しスピーチを行うなど親密な関係であった。久間は山田洋行について「山田さんは知っている。正志さん、というのかな。一緒にゴルフして」と発言している。
また、この結婚式が行われた際、防衛庁長官を経験した政治家2人への車代名目で、山田洋行から計200万円が支出されていたことが、特捜部の調べで判明した[5]。後の報道によりこの政治家2人とは額賀福志郎と久間章生であることが明らかになる。
久間は2006年9月に防衛庁長官に就任して以降に、山田洋行元専務の宮崎元伸と東京都内の高級スッポン料亭で接待を受け、この席で「山田さんから息子さんのことを頼まれている」と述べている[6]。この「息子」とは山田洋行の山田真嗣であるとみられ、山田洋行を支持するとの意向と見られる。山田洋行と対立する日本ミライズの宮崎元伸(当時。2007年11月1日付で辞任)に対する事実上の決別宣言である。
その後、久間は当時の防衛省担当課長に直接指示を出し調達計画を早めさせ、山田洋行がGE・アビエーション社の代理店の権利を残す(日本ミライズに移行する前の)期間中までに契約が結べないか、検討を進めていた。さらにこの課長は、2007年にパリで開かれた航空ショーに公費にて出張し、GE・アビエーション社の幹部に対し「なぜ、山田洋行との契約を解消し日本ミライズと契約するのか」などと発言している [7]。
この席にいたGE社幹部は公平であるはずの政府の官僚がなぜ企業間の契約に口を出すのか疑問を感じたと述べている[6]。久間は担当課長への異例の指示について「2つの企業が対立しているので慎重に検討するよう指示しただけ」と説明している[6]。
代理店抗争に関する政界工作 [編集]
山田洋行は、2007年10月、日米平和・文化交流協会の秋山直紀専務理事側に対し、アメリカの子会社の裏金からおよそ25万ドル(当時のレートで約3,000万円)を渡していたことが東京地検特捜部が押収した内部文書により判明している。
山田洋行は、海外メーカーとの代理店契約を継続できるよう秋山氏に仲介を依頼、久間章生元防衛相を通じて、米国の元政府高官2名に対し支援を求める文書を秋山氏に託した。 当時は、山田洋行元専務の宮崎元伸が山田洋行を辞めて日本ミライズを設立した直後であり、米国大手メーカーのゼネラル・エレクトリック社およびノースロップ・グラマン社の日本代理店の座を日本ミライズに奪われるという危機感を強めていた。このため、ゼ社とノ社に対して山田洋行との契約を続けるよう働きかけてほしいと秋山専務理事に依頼、25万ドルはそのための協力費として渡されていた。さらに、協会の理事で当時防衛庁長官だった久間元大臣にあてて、メーカー2社との代理店契約の継続について支援を依頼する文書を作成し安保研に提出していた。
内部文書は日本ミライズが設立された前後に作成されたとみられ、表題には「(米国メーカー2社の)代理店保全にかかわる支援活動」と記載。防衛族議員から米国の元政府関係者2人に対して「支援活動を要請してもらった」とした上で、この2人から直接メーカー2社のトップに対し「山田洋行支援の依頼が実行された」と工作の経緯にも触れていた。また文書の最後には、秋山氏が関係する団体への「対価」として、米国の元政府高官1人分が「10万ドル(未処理)」、別の1人分は「20万ドル(今回の寄付により処理)」と記載、金銭のやりとりをうかがわせている [8]。
また、この書類は山田洋行の米津佳彦社長名で秋山直紀宛てに書かれていた。米津社長は金銭のやり取りについてコメントは控えたいとしている[9]。
東京地検特捜部は2008年7月25日、秋山直紀専務理事の関連先として、防衛専門商社「山田洋行」本社や日米平和・文化交流協会事務所などを家宅捜索した
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